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武家の時代に求められた理想の女性像

武士道が求めた女性像

」・みょう・たえ という文字は「神秘的」とか「不可知」(人間のあらゆる認識手段を使用しても知り得ないこと)を意味します。

妙という漢字は、「若い」という意味の「」と「」という意味の二つの部分から成り立っている。

これは、女性の身体的魅力や繊細な思考が、男性の粗雑な心理では説明できないからだとされる。

人類の半分を占める女性は、ときには矛盾の典型とも呼ばれるが、それは女性の心の直感的な働きが、男性の「数理的な理解力」をはるかに超えているからです。

ドイツの皇帝ウィルヘルムⅡ世は、女性の活動範囲を台所と協会と子育てにあるといったが、それらに限らず武士道が説く女性の理想像はきわめて家庭的だった。

武士道そのものは、男性のためにつくらっれた教えで、それがゆえに武士道が女性に対して重んじた徳も、女性らしさとかけ離れたものだったのは当然でした。

武士道

女性の弱さから自らを解き放ち、もっとも強くて勇敢な男性にけっして劣らない英雄的な不屈の精神を示す」と女性を称えた。

そのために若い娘たちは、感情を抑制し、精神を鍛え武器、特に薙刀(なぎなた)という長柄の刀を持ち、不慮の事態から身を守るように訓練をした。

この武芸習得の主な目的は戦場ではなく家庭を護り自分自身を守る術で、夫たちが主君に身を守るのと同じくらいの熱意で、わが身と潔白を護った。

少女が成人になると「懐剣」(かいけん)と屋ばれる短刀をあたえられ、自分を襲うものの胸や、場合によっては自分の胸に突き刺すためのものだった。

懐剣

まるでアマゾネスの勇猛果敢な女性と同じように聞こえますね。

自害の方法を知らないと恥とされ、両膝を帯紐で縛る方法も、なきがらを見られても恥ずかしくないようにするためでした。

当時のサムライの妻にとって貞操は命より大切な一番の徳目だったのです。

さて、男性的な話ばかりでしたが、女性には芸事やしとやかな立ち居振る舞いが求められた。

音楽、舞踊、読書などのたしなみです。

  • 音楽は父や夫への憂さを晴らすためのもので、技巧や芸術そのもののためではなかった。
  • 舞踊は、武士の娘のおどりであって、芸者のそれではなく、その立ち居振る舞いを美しくするためにのみ教えられた。

芸事は道徳的価値に常に付随しているという考えのもと、日常生活に優雅さと明るさがそなわれば十分で、けっして己の見栄や贅沢を助長させるためのものではなかった。

武士階級という特殊な世界でサムライの妻たちは、家を治めることを基本と置かれ、芸事は武芸であれ、文学であれお家のためのものだった。

家の名誉を守り、健全さを保ち、そのためにせっせと働き、命をささげることもいとわず夜も昼も気丈夫に働き、しかも優しく、そして勇ましくも悲しい調べで献身する生涯だった。

武士道の教えはまさに自己犠牲の精神そのもので、それは女性にも、男性にも求められた。

日本の武士階級は2百万人で、その下に農・工・商の一般の大衆がいて平和な仕事をしていた。

女性の自由が制限されたのは武士階級だけで、不思議なことに社会階級が低くなればなるほど夫と妻の立場はより平等だったのです。

参考:武士道(新渡戸稲造著・岬龍一郎訳)

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