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田んぼの中にある屋敷は「カイニョ」が守る

カイニョ」という言葉はあまり馴染みがありませんね。

カイニョとは、屋敷を守る防風林のことです。

富山県礪波市(となみし)の一帯に広がる田んぼの中に屋敷林(やしきりん)があり、それこそがカイニョと呼ばれるものです。

カイニョ(屋敷林)

通常、集落といえば日本の場合は家々が集まり、生活をするのが集村ですね。

散居村(さんきょそん)

ところが、この砺波平野は南に飛騨高地を控え、小矢部川及び庄川の扇状地(山地を流れる河川が運搬した砂礫が、谷口を頂点として扇状に堆積した地形で、河川が山地から平野や盆地に移る所などにみられる扇子の形と似ている)が発達し、その田畑の中に家々が分散している形態をしている。

いわゆる、散居村(さんきょそん)として有名です。

日本三大散居村があり、

  • 島根県の出雲平野
  • 岩手県の胆沢(いさわ)平野
  • 富山県の砺波平野

で、そのなかでも砺波平野は、飛騨の山々の水を集めて富山湾に注ぐ床川と、西の小谷部川がつくりだした大扇状地の眺めは、山の頂から見ると日本の農村の原風景を思わせ壮大です

砺波平野の散居村

その規模は、およそ220キロ平方メートルの広さに屋敷林に囲まれた約7,000戸を超える家(農家)が点在する散居村が広がっています。

扇状地だけに砂や砂や小石が堆積している土地だが、先人が築き上げた網の目のような用水路と庄川の豊富な水量のおかげで散居村の形ができあがった

カイニョと暮らし

カイニョは、冬の冷たい北からの季節風や吹雪、南西からの夏の日差しなどから家や人々の暮しを守ってくれました。
スギの落ち葉や枝木などは毎日の炊事や風呂焚きの大切な燃料として利用されました。またスギやケヤキ、タケ等は家を新築する際の建材や様々な生活道具の用材としても利用していました。

砺波平野の人びとは昔から「田んぼを打ってもカイニョは切るな」という言葉が伝わっている。

以前は、カイニョからその家の経済状態が判断できたということらしい。

現代では、暮らしは大きく変わって、カイニョ(屋敷林)の大切さが見失われ、強風による倒木の恐れ、落ち葉の処理や枝打ちに手間や費用が掛かるため、家の増改築などをきっかけに伐採をする家が増えています。

散居村は砺波平野の長い歴史と風土の中で育まれた貴重な文化資産です。散居村の景観にとって、屋敷林の減少は大きなマイナスとなっています。

今では、景観条例の制定や枝打ち支援事業の実施など、行政・地域・住民全体で話し合い、保全していく取り組みが、ボランティア団体のメンバーと合体して行われているようです。

カイニョの語源は、カイニョを漢字で書くと「垣饒・かきにょう」と書き、これがなまったものです。

垣のように饒(めぐ)らせた樹木という意味になります。

本来のカイニョの目的は

  1. 風雨から家屋を守るため。
  2. 外から屋敷内が見えないようにする目隠しのため。
  3. 焚き木を自前で調達するため。
  4. 冬暖かく、夏涼しく生活するため。
  5. 家の建て替えや造作・工芸の際の用材とするため。

砺波市では、観光地として誘致を呼びかけ「砺波旅・となたび」として公式に名水百選の瓜裂清水(うりわりしょうず)、庄川峡・とやまビューポイント、散居村展望台/展望広場、となみ散居村ミュージアムなどのおすすめスポットを紹介しています。砺波旅サイト

1971年(昭和46年)の歌会始では昭和天皇が和歌を御製されています。

はてもなき砺波のひろの杉むらにとりかこまるる家々の見ゆ

これは、1970年(昭和45年)富山県植樹祭に臨席の際、カイニョに囲まれた砺波平野の家々に感動し歌ったものです。

砺波平野の自然に一度は足を運んでみてはいかがでしょう。

参考:Wikipedia砺波旅Blue Signalとなみ散居村ミュージアム

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