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江戸で大ブームだった日本の代表的おやつ「焼きいも」

みんなが大好きな「焼きいも」は、江戸の中期ごろからの始まりです。
日本人の冬のおやつの代表格と言っても過言ではないですね。

そんな「焼きいも」は意外に歴史が浅く全国区になったのは、江戸中期よりもさらに後になってからだった。

現代では1年中食べられますが、やはり秋の味覚のひとつでもあるサツマイモの旬の秋から冬にかけて食べるのがとてもおいしいですね。

焼きいもといったら、サツマイモを1本焼いたものを頭に浮かびますが、丸焼きが全国区になる前は江戸と上方の食べ方は違っていたそうです。

形状が書かれた資料はないものの、少なくとも京都では「輪切り」だったようです。
その名残が京都の老舗和菓子店の冬の銘菓としてある「おひもさん」だったのです。

サツマイモの伝来

サツマイモは、慶長10年(1605年)に中国から琉球王国(沖縄)に渡り、琉球王国から薩摩藩へ伝わり薩摩藩で栽培が始まった。
そうして教科書にもある、青木昆陽(あおきこんよう)が江戸でサツマイモの試作に成功し、本格的に江戸幕府がサツマイモの栽培を奨励した。

薩摩地方で栽培されたのでサツマイモとか呼び、サツマイモのほかにも、甘藷(かんしょ)、琉球藷(りゅうきゅういも)、蕃藷(ばんしょ)、唐芋(からいも)などの呼び名があります。

サツマイモは甘みがあり栄養価も高く、食して ”美味い” と老若男女の評判になり大ブームを起こしたのです。江戸時代後期に「第一次焼きいもブーム」となりました。

子どもの頃に、冬の焚火の途中でサツマイモを焚火の中に放り投げて、適当に取り出し、焦げ付いた皮をむいてホクホクの焼き芋を食べました。今でもあの味は忘れられません。

焼きいもの粋な言葉遊び

八里半・はちりはん」とは、焼きいもに着けられた呼び名です。
それは、栗のことを「九里・くり」にたとえて、「焼き栗にはおよばぬ美味しさ」として半里ひいてしまって「九里-半里=八里半」となった。

八里半が江戸に伝わり洒落っ気のある勝気の江戸っ子は、「栗(九里)より(四里)うまい十三里九里+四里=十三里)」として、江戸では「十三里(じゅうさんり)」という名前で焼き芋が売られるようになったとか。

なかなか、面白い経緯ですね、江戸っ子と焼きいものつながりが面白いし、焼きいもが庶民に大人気だったか。

歌川広重「名所江戸百景 びくにはし雪中」

この絵の右側に「〇焼き」「十三里」と書かれています。「〇焼き」は1本丸互焼いたものです。

江戸の町は、町内警備のため、町の入口と出口に木戸が設けられていて、木戸番が朝晩の木戸の開閉のほか、火の番の仕事をしていました。
その木戸番が副業として秋から翌春までの半年間「焼きいも」を売っているの副業だったのです。

焼きいも屋は明治時代に入って一段と繁盛します。大規模な焼きいも専門店も次々と現れ、明治33(1900)年には、東京府内の焼きいも屋は1400軒以上もあったのだとか。
その後も、幾度も人気がでたり、衰退したりを繰り返したが、平成15(2003)年に電気式自動焼いも機が開発されて、スーパーマーケットなどに普及。手ごろな値段で焼きいもが提供されるようになります。

スーパーには結構おいてますね「自動焼きいも機」。

台車を引きながら「い~し焼き~いも ♬」と売り歩く姿は最近では残念ですが見ません。
台車のそばに近寄ると温かく、香ばしい匂いに負けてしまい、つい多く買ってしまいました。
伯父さんとの会話のやりとりも楽しかったことを思い出します。

焼きいもの種類も増えてます。

  • ベニアズマ」:水分少なめのほくほく系。
  • べにまさり」「シルクスイート」:のどごしが滑らかなしっとり系。
  • べにはるか」「安納芋」:クリーミーで濃厚な甘さのねっとり系。
    食べ比べもいいですね。焼きいもは、冬の季語です。

参考:warakuwebウィキペディア

 

 

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