しっかり目を開けて夢を見よう

アンパンマンはやなせたかしの人生

「アンパンマン」

アンパンマンのマーチ

そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも

なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
・・・
(やなせたかし作詞・三木たかし作曲)
ご存知アンパンマンのマーチの出だし部分です。


アンパンマン

なんのために 生まれてなにをして 生きるのか
の一節はこの言葉はやなせさんが自分自身に向けた問いかけだった。

やなせさんは5歳のときに父親と死別し生まれた時からの未熟児だったことが生涯にわたりコンプレックスがつきまとっていた。

大人になり徴兵されて中国の山野で銃をかついだ時は、二度と日本に戻れないとあきらめていた。

敗戦で祖国に引き上げ希望は何一つなかったが「今日いちにち生きられたから、明日もなんとか生きてみよう」と思った

フリーの漫画家になったが病弱でお先は真っ暗。

のんきで楽天的なやせさんは、それでもあきらめずになんとか生きのびてきた

なんのために自分は生きているのか」と考えるのだがわからなかった。

ところが60歳を過ぎたあたりから、欲がなくなり「人生の最大のよろこびは何か?

それはつまるところ「人を喜ばせること」だと思った。


アンパンマン

「詩人」のやなせさん

詩人でもあったやなせさんは、

「詩は、心に喜びを与えるものでなければならない。
気づまりな人生に吹き込むさわやかな風ほっとするやさしさがなければいけない。」

引用:明日をひらく言葉(やなせたかし著)

と詩の本質を表現している。

山梨シルクセンターという会社から、詩集の「愛する歌」が出版され総計十万部売れた。

その後「愛する歌」は第5集まで出し「天使の詩集」「幸福の詩集」「心の詩集」などを続けた。


詩集「愛する歌」

ちなみに、山梨シルクセンターはその後、世界的人気キャラクターのキティちゃんを生み出し、「サンリオ」という大会社になっていった

頼まれた仕事はなんでもこなした、といい、編集者、舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライターなど様々な活動を行っていた。

めぐり合った仕事を誠実にやる。たとえばアメをつくるなら、おいしいアメを作ることだけを考える。

と言ってます。

そうですね、このことは掃除をするときは、いかに早く、もっとキレイにできないかを考えたり。

食器の洗い場では、食器洗いに専念し洗って、桶に置く時はどのように置くと水切れがよいか、また乾きもよくなるのかを考えるようにしています。

そうしていれば、道は自然に開けてくるといいますね。

やなせたかしさんのほんの少しだけのエピソードを紹介しました。


アンパンマン

アンパンマンの中身はやなせさんの人生がいっぱい詰まった漫画です。

今までやってきたことが、全部役に立っている無駄なことは一つもない

誰かの力で生かされている。ありがたいことです。

参考:明日をひらく言葉(やなせたかし著)

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