江戸の下町言葉 まずは挨拶から「こんにちは」
知っている人や友人と昼間に出会うと「こんにちは」と挨拶を交わす。
別れる時には「さようなら」と言います。
漢字では「今日は」と書きますね。
そして、「こんにちは」の「は」は書くときは「は」で読むときは「わ」です。
一般的には、「こんにちは」の後ろに続く文章が省かれているためとされている。
こんにちはの後ろの文章
例えば、
- こんにちは、いいお天気ですね。
- こんにちは、今日はご機嫌いかがですか。
- こんにちは、いい日和ですね。
などの挨拶ですが、下の部分は省略されて「こんにちは」になった。
そのため、こんにちはの「は」は助詞です。
このことは「こんばんは」も「こんにちは」と同じ理由で、書くときは「は」で読むときは「わ」です。
このほかにも語源の説があり、昔は太陽のことを「今日様・こんにちさま」と呼んでいたころは、日中に人に会うと「今日様があなたを無事に守ってくれますように」という思いを込めて「こんにちは」というようになった説です。
余談ですが、名女優で名エッセイストでもあった沢村貞子の著で「私の浅草」の中で、母との会話でこんなことを書いている
”夜が明ければもう、さっさとタスキをかけて、台所に立っていた。
なぜそんなに働くのか、と聞けば「こんにちさまに申しわけないからさ」といつも答えた。引用:昭和のことば(山折哲雄・槇野修著)
そのくらい昔の人は、もったいないを口癖にその日その日を無事に生きている以上、怠けていては申しわけないといつも胸の中でおもっていた。
また、別れるときの「さようなら」は「左様ならば」が省略されたものと考えられています。
「そういうことならば」という意味で、「左様ならばこれにて失礼する」「左様ならば次の機会にしよう」などのように、下に続く別れの意味が続いていたので別れる時のあいさつになったと言われています。
挨拶の語源
あいさつは、漢字で「挨拶」と書きますが、もともとは禅宗の師とその弟子がおこなう問答や修行者がお互いの修行の成果を質問し合うことで知識見識などの確認をすることで、「一挨一拶(いちあいいっさつ)」といいます。
挨拶の「挨」は「押す・近づく」、「拶」は「迫る・近づく」という意味があります。
問答はお互いが心を開いて接するところから、しだいに人と会ったり別れるときに交わす言葉や動作を表すようになったと考えられているようです。
しかし、禅語でいう挨拶は習慣でするものではなく、「挨拶」とは人と人の間に積極的に動作の一つとしてとらえています。
ですから、オリジナリティがあって良いわけで挨拶する時の声のトーンや強弱、新鮮な言葉、タイミングなど、その人なりの「挨拶」があり自分なりの人間関係を作ることになります。
山登りやハイキングで知らぬ同士でも行き交う人が「こんにちは」と挨拶を交わし、田舎の田んぼ道でも知らぬ人でも「こんにちは」と交わし、それぞれの情報交換などで会話したりしますね。
映画館や劇場、新幹線などで席に座る時も、隣の席の方に「失礼します」「よろしくお願いします」など数時間の楽しみも挨拶することで気分良く過ごせますね。
最近では、メールやSNSなどでの挨拶も多くなり、「こんにちわ」や「こんばんわ」と使われることが多くなっているようです。
「は」と「わ」を比べると「わ」の方が見た目に可愛さがあり、親しみやすいと感じられるようです。
いずれにしても、明るく元気な挨拶を交わし犯罪を減少し活気ある世の中にしたいものですね。