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役に立たない真の友人とは

真の友人

「ほんとの友人が欲しい」
「心の底から信頼できる友がほしい」
とあなたも若い頃に一度は思ったこと
ありませんか?

真の友人がいます」と、声をあげて
いえる人はどれほどいるのでしょうか


友人

どうして、それほどまでに親しい友人
が必要なのでしょうか。

ほんとうの友人・真の友人・良き友人
とは、いったいどんな友人を言うので
しょうか。

SNSでは、コミュニティは形成される
ものの、つい経済的利益を追求した友
をお互いに求めあうようになり、そ
のコミュニティは育たないのです。

俗にいう「役に立つ」ということが邪魔
をして金銭的な関係性が続いていること
でつながるケースがあります。

しかしこの関係は役に立たなくなった時
点でもろくも崩れ去ってしまいます

 

真の友情

昨今の本屋さんには「孤独の方が気楽で
いい」「友達はいらない」「群れて行動
するのはごめんだ」という方におすすめ
本がたくさん並んでいます。

そのような、中2病的な生き方の人たちも
よく聞いてみると、くだらない友情や薄っ
ぺらな人間関係をいらないと言っている
けで、友情そのものを否定しているわけで
はないのです。

紀元前106年~に政治家として活躍した
キケロ―の「友情について」は2000年
以上経過した今でも色褪せずに友情の定
を示しています。


友情

大昔の2000年前からも同じ問題で悩み
考え抜ていたとは恐れ入りますね。

キケロ―の友情の定義

人間に関わる物の中でも、万人が口をそろえて
その有用性を認める唯一のもの

確かに友情を否定する人はいませんね。

有用性という言葉をあてたことで、意味は
人生を有意味なものにしてくれる」と解
釈し、それは自分にとって経済的な利益を
もたらすことではないことです。

真の友情とはキケロ―は

友情とは経済的な損得により規定された関係
ではないのです。
「有用な」友情は好意と親愛の情に裏打ちされた
意見の一致にほかならない。

といってます。

私たちの心は弱く一人でいる寂しさを
まぎらわすために気の合わない人とも
群れたり、同じ行動をしたりすること
があります。

自分を無理に集団の中に押しこむこと
は、精神衛生的のもよくありません。

決して「一人になる」ことが悪いわけ
ではありません。

ひとりの時間をちゃんと持っている人
は、その時間を楽しみ、豊で充実した
ものにすることができます。

 

サイの角のように

お釈迦さまは、
サイの角のようにただ一人歩め」と
おっしゃっています。

集団が悪いことではありません。

サイの頭の真ん中には1本の太く立派な
角が生えています。


サイの角

その角を先頭にサイは力強く前進してい
きます。

このサイの角の様に、何かに頼ることで
はなく、群れることもなく、一人でいる
ことを恐れずに生きていきなさいと教え
ています。

そして「役に立たないなあ」と思うけど
一緒にいたい人を探してみましょう。

それが、真の友人です。

参考:ほとけさまが伝えたかったこと(岡本一志著)

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