「嘘も方便」のほんとの意味
「嘘も方便」
「嘘も方便」はよく聞くし使います。
「嘘は悪いことだけど、時や場合によっては、必要な時もある」
「大きな善行を成し遂げるためなら、小さな非行は許される」
という意味のことわざです。
よく「方便」が「嘘」というイメージが強くて、ややもすると方便そのものが嘘という意味で使われることもしば
しば見受けられるけど同じではない。
方便の語源はサンスクリット語の「ウパーヤ(upaya)」で「近づく」「到達する」という意味です。
仏教語であり、衆生を教え導く巧みな手段や、真実の教法に誘い入れるために仮に設けた教えを意味する。
日ごろ使ってる「嘘も方便」
日常的にこの嘘も方便を使っています
- 「大丈夫です」「残念ですが先約があって」
- 「そんなことはないです」「数秒でおわります」
- 「あと5分寝かせて」「今度連絡するね」
などが典型的なのですが、あなたも日常で使ってませんか。
相手の心配や批判を他にそらせることが目的です。嘘とはいいがたいが真実でもなく、これこそが ”嘘も方便” で「ものは言いよう」という言葉に置き換わりもします。
仏教では方便は虚言ではなく、あらゆる人をさとりへと導くすぐれた教化の方法であり、仏のもっとも具体的なはたらきであるといいます。
「法華七喩・ほっけしちゅ」
「法華経」で有名な法華七喩(ほっけしちゆ)があり、7つのたとえ話のことが法華経の中で説かれています。
- 三車火宅(さんしゃかたく)
- 長者窮子(ちょうじゃぐうじ)
- 山草二木(さんそうにもく)
- 化城宝処(けじょうほうしょ)
- 衣裏繋珠(えりけいじゅ)
- 髻中明珠(けいちゅうみょうしゅ)
- 良医病子(ろういびょうし)
があり、これは釈迦仏がたとえ話を用いて、わかりやすく衆生を教えたスタイルに則しています。
1.三車火宅(さんしゃかたく)の内容は
ある時、長者の邸宅が火事になった。
中にいた子供たちは遊びに夢中で火事に気づかず、長者が説得するも外に出ようとしなかった。そこで長者は子供たちが欲しがっていた「羊の車(ようしゃ)と鹿の車(ろくしゃ)と牛車(ごしゃ)の三車が門の外にあるぞ」といって、子供たちを導き出した。
その後にさらに立派な大白牛車(だいびゃくごしゃ)を与えた。
この物語の長者は仏で、火宅は苦しみの多い三界(欲界、色界、無色界)、子供たちは三界にいる一切の衆生、羊車・鹿車・牛車の三車とは声門(しょうもん)・縁覚(えんがく)・菩薩(ぼさつ)(三乗)のために説いた方便の教えで、それら人々の機根(仏の教えを理解する素養や能力)を三乗の方便教で調整し、その後に大白牛車である一乗(仏と成ることのできる唯一の教え)の教えを与えることを表している。なお壇一雄の「火宅の人」のタイトルは、この三車火宅を由来としている。
引用:Wikipedia、
また、親鸞上人は
「「方便ともうすは、かたちをあらわし、御(み)な(名)をしめして衆生にしらしめたまうをもうすなり。
すなわち阿弥陀仏なり。この如来は光明なり。
光明は智慧なり。智慧はひかりのかたちなり」
引用:OTANI
方便は、真実に対する仮を意味するのみでなく、真実そのもののはたらきである。
阿弥陀仏も、南無阿弥陀仏も、われらを如来の真実界にあらしめようとはたらく、
方便法身、すなわち具体的な相として顕された仏そのものである。方便は、世間にはたらく仏の智慧であり、無明を破って、
光の世界にあらしめる智慧のはたらきである。
- 引用:
そういえばと思い出した人も多いのではないでしょうか。
なかなか真実だけでは、渡れない社会ですが、しっかりと目を見開いて生きてゆきたいものです。
参考:Wikipedia、仏コラム、TRANS、語源由来辞典、OTANI