3つの特徴と意味を持つ幽霊画
永国寺は幽霊寺
日本のお寺には、たくさんの幽霊の絵が飾られています。
幽霊寺で有名な熊本県の人吉市の永国寺という古刹があります。
毎年8月の「永国寺ゆうれい祭」が開催され、幽霊の絵掛け軸が見れるそうです。
そのパンフレットには幽霊の絵の由来が書かれています。
当時開山実底超真和尚が書いたと伝えられている。
創建当時、近郷の木上に、さる知名の士がおり、妾を囲ったが、本妻の嫉妬に悩み、球磨川に身を投げて、非業の死を遂げた。
しかし、その恨みが幽霊となり、本妻を苦しめた。本妻は実底和尚の法力を頼り当時に駆け込んだ。
和尚の前に現れた幽霊は、和尚より因果の道理を説き聞かされ、和尚が描いた己の醜い姿に驚き、和尚に引導を渡して欲しいと懇願し、実底和尚の引導により成仏し、それから現れなくなったという。
本堂裏の幽霊が出た池は湧水池で、春には桜、つつじ等、夏には睡蓮等咲き乱れ、四季折々の変化を楽しむことができる。
通称「幽霊寺」といわれる由縁である。
引用:永国寺 パンフレット幽霊掛軸より
本誓寺の幽霊画
また、石川県白山市に本誓寺というお寺があり、ここには狩野派の絵師が書いた素晴らしい幽霊の絵があるそうです。
ここの本誓寺の松本住職が、幽霊には3つの特徴があると言います。
- 乱れた長い髪を後ろに引いている姿
- 両手を弱々しく前に出している姿
- 足がない姿
それぞれ、日本の幽霊に必ずと言っていいほどの定番ですね。
そしてこの3つの特徴に意味があるというのです。
幽霊を描いた絵師は幽霊の絵にそれぞれの人間が陥りやすい姿を、その絵に織り込んで描いていたのです。
- 1の乱れた長い髪を後ろに引いている姿は
いかにも人間らしいというか、済んでしまってどうにもならない過去をいつまでも引きずり、心が後ろばかりに囚われている様です。
人間の泥臭い部分を表しています。
- 2の両手を弱々しく前に出している姿
1の場合とは逆で、来るか来ないかわからない先のことばかり気にして、こうなったらどうしようなどと不安いっぱいに取り越し苦労をしている姿。
余計なことを考えすぎて結局は何もできないことはよくありますね。
- 3の足がない姿
1や2の過去や未来のことばかり気になり、心がおちつかずあっちいったり、こっちいったりして、今を疎かにする姿です。
まさにこの姿は、私たち人間の妄想の姿を表しているようで、「生きる上での心のあり方」に見直しをかけるように提言しているようです。
また、幽霊の絵に描かれている「目」についても貴重なお話をされています。
それは、その目を見る人それぞれが、その目の感じ方が違うということです。
幽霊の絵ですからその目は、とても怖いです。恨みや嫉み、つらみを含んだ、そら恐ろしい物凄い目をしています。
日常のいろいろな人間模様が、その感情の持ち方が、そのまま絵に投影されるようです。
あるお寺におばあさんがやって来て幽霊の絵を見て「この目は嫁の目だ」と言い放ったそうです。
なんと怖い話ですね、そのおばあさんの心は鬼ですね。
また、別のお婆さんが同じ絵を見て「私もあんな目で嫁のことを見ていたのかな」と言いました
これは、人を憎むことの愚かさに気づき、自分の目が幽霊の目だったかもしれないと反省をしている。
どちらも同じ絵を見ても、まったく違うとらえ方をしていますね、これこそ人の心が投影されているからです。
なるほど、幽霊に教わることもあるのですね、過去に振り回され、未来にも執着して足下を救われてしまうのですね
過去も未来も現在(今)におさまっている。と仏教では説かれています。
やはり大切なのは今です。
参考:しんれい新聞、生き方(山田法胤著)